Tsubasa Life

都立つばさ総合高校の学校生活紹介
~生徒会広報委員が随時更新中~

5/31(木)の体力テストについて

明日5月31日の体力テストについては、決行・延期の決定を31日午前7時に行います。
延期の場合は通常授業(授業時間は「短縮」)になります。
決定内容はこのページでもお知らせしますが、発表までは体力テスト・通常授業の両方の準備をしておいてください。

(総務情報部)
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5月の授業・部活の様子

こんにちは。 広報委員会です!
5月の授業・部活の様子について書きたいと思います。

授業について
5月後半には中間考査があり、
より集中して授業を受けられていると思います。
積極的に発言する人、真面目にノートなどをとってる人。
とてもいい雰囲気で授業を受けることができています。
この雰囲気をずっと続けていければ素晴らしいと思います。

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部活動について
どの部活動も大会などに向けて活発に活動しています。
僕はサッカー部なのですが、大会終わって
部長やキャプテンが3年生から2年生にバトンタッチして引退が近づいていることを実感しました。
1年生も入ってきて人数が増え新しいチームとして大会でいい結果が出せるように日々努力しています。
3年生は悔いに残らないようにしたいですね。

5月病という言葉があるように5月は何事にも気持ちが入らないなんていうことが多いですが、
つばさ生はそれにも負けず授業も部活もみんなしっかり両立ができていて素晴らしいと思います。
まさに文武両道。それができていてさすが
つばさ生だなと思いました。

3-5 S.O
授業・先生 | - | -

芸術鑑賞教室に行ってきました。

五月二日水曜日の午後、午前の通常授業を終えて私たちは蒲田のアプリコで集合し中に入り、事前に決められた席に座って狂言・落語を見ました。
狂言は二つの曲目がありました。
 一つ目は「棒縛り」で、主人の留守の間悪さをしていた弟子二人が、それを主人に咎められ主人がまた留守にするというので、二人は縄で縛られます。さてこれからどうなる?
というお話でした。狂言特有のしゃべり方が慣れないなあと思ったり、安土桃山のころの古い日本語によってところどころ意味が解らないなと思うところがあったりしましたが、特徴的な動きで読み取れたりしました。
そろりそろりと動くところで狂言らしさを感じました。また、笑い方が特徴的で 耳についたら離れない感じでした。
 二つ目は「柿山伏」で、山伏が柿を盗んで食べているところをその柿の持ち主が見つけ(山伏がおるなあ、懲らしめてやろう)と思って、
山伏に向かって「あそこにカラスがいるなあ、カラスなら鳴くはずだ。鳴かぬならカラスであらぬ殺してしまえ」と、
どうする山伏!だんだんと無理難題になっていく要求!山伏の末路は!といった感じの話でした。この曲は小学校のころ小学校で見せられたことがあり知っていました。
木を表すのに土台のようなものを使っており、古くから続いているやり方を守り続けているんだなと思いました。ちゃんと木に見えるようになるからと言われましたが、
残念ながら私には木の代用品としか見れません でした。山伏という存在が昔の日本の話だということを知らせてくれます。山伏が要求にこたえようと猿の鳴きまねをしてみたりするシーンは今と変わらない笑いがあるなと感じました。
 そのあと、落語の時間までの間狂言を披露してくれた人のうちお二方が質問に答えるコーナーがありました。
お二人は先祖代々狂言をやっているそうで、「親が狂言をやっていた時子供もそれをやらなくちゃいけないんですか」という質問がありました。
回答は、絶対につかなくてはいけない決まりはない。(狂言師に)なりたいと思ったからなった。というものでした。
先祖代々やっているところは強制的な感じで後を継いでいるイメージがあったので、この回答に少し驚きを覚えました。しかし 、考えてみれば好きでもない仕事に就きたいとは思わないなと気づきました。
私は狂言の演目で古きは守られるものだと思いました。

2-1 T.S

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行事 | - | -

入学した月にいきなり「17期生つばさゼミ」!

私たち17期生は4月23日~25日、2泊3日で恒例の「つばさゼミ」をやってきました。
場所は伊豆、「ラフォーレ修善寺」というきれいな宿泊施設です!

1日目、クラスのプログラムなどの予定が終わり、くたくたに疲れながらもいそいそと、班員たちで各々の部屋へと向かいました。
女子の部屋は想像していたより広くて、テンションがあがりました!
なんといっても、部屋がとても綺麗!!

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この行事で一番大きく記憶に残っているのは、2日目のお昼の後にあったウォークラリーです!

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班ごとに違うマップとルートで、班のみんなと協力しあいながらゴールを目指しました。
マップには図しか描いてないので、迷ったりもしました。
ですが、それも終わった今となれば楽しかった記憶!
班員と話す機会が多くなり、行く前と打って変わってものすごく仲が深まったような気がします。


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あとイベントではありませんが、ご飯がめっちゃ美味しかったです(o^―^o)

(1年5組 K.I&S.Y)
行事 | - | -

2年生、横浜「校外学習」の旅

4月25日(火)に私たち2年生は横浜へ校外学習に行ってきました。

校外学習ということで、遠足とは違い、遊びに行くわけではありません。
あくまでも、修学旅行の練習を目的にしているので、集合は羽田空港でした。

そこからは班ごとに横浜へ向かいます。
当日は残念なことに天候が悪く、強い雨と風に吹かれながらウォークラリーをしました。

横浜に着くころには、もう服や靴がびしょ濡れで、これで本当に楽しめるのかとすごく不安でした。ですが、晴れている時よりも色々と協力することが多く、より仲が深まったような気がしました。

ウォークラリーを無事ゴールした後は、班員のみんなで中華街に行きました。

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そこからは2時間ほどの自由時間があり、昼食も兼ねて食べ歩きを楽しみました。
天候も悪く平日ということもあり、あまり混んでおらず、楽しみやすかったです。

自由時間を終えて、山下公園で集合写真を撮ろうとすると、
なんと雨がやみ、日差しが出てきました!

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そのあとの横浜港のクルージングは天候とともに、みんなの気持ちも晴れて、今まで以上に楽しむことができました。

クラス替え直後で慣れない中での行事でしたが、ウォークラリーなどで協力したり、約半日一緒にいることによって、仲が良くなれたような気がします。

これから卒業までは、まだまだたくさんの行事が残っていますが、
より一層仲を深めていけたらなと思いました。

(2年6組 C.H / M.N)
行事 | - | -

1年生の皆さん、これからよろしくお願いします!

4月9日に対面式・新入生歓迎会がありました。

私たち16期生(新2年生)からすると初めて新入生と関わる行事だったので、先輩としての自覚を持たなければと考えさせられる行事でもありました。
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具体的に新入生歓迎会では、委員会と部活動・同好会の紹介がありました。つばさ総合高校は学校自体が広くのびのびと活動することができ、文化部・運動部も様々な実績を残しています。私は部活動の発表で前に出て発表したのですが、とても緊張しました。
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放課後には、1年生のフロアに各部活動が集まりとても賑やかな放課後でした。

最後に、つばさ総合高校は総合高校という選択授業が多い高校で2年生になると選択授業が授業全体の半分くらいを占めるので、クラス単位での授業のかかわりが少なくなります。なので、行事一つ一つを噛みしめて過ごしていきたいと思います。
(2-4Y・Y)
行事 | - | -

おめでとう~17回目の入学式

肌寒い季節も終わりをつげ、桜が舞い散る春という新しい季節に胸を弾ませるなか
4月7日に入学式が行われました。

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新しい制服を身に包み、新生活への不安と期待でいっぱいのなか、私たち新入生は式に挑みました。
私たち新入生にとっては人生のなかで三回目となったこの入学式は、今までの義務教育であった時とは違い、本気で将来を考え自分で選択をした未来へ繋がる大きな一歩となりました。

担任の先生からの呼名に精いっぱいの大きな声でこたえ、私たち第17期生は東京都立つばさ総合高等学校への仲間入りを果たしました。

式の終わりの方では、先輩がたが校歌を披露してくださいました。美しく透き通った歌声にとても感動しました。

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ここからの三年間、つばさ総合高校の一員であることに自覚をもち、日々精進していきます。

(一年一組 W、N)
行事 | - | -

初めての、そしてこのクラス最後の、奏翼祭

3月24日。
高校に入って初めての合唱コンクール「奏翼祭」がありました。

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高校では中学の時と違い、音楽を選択している人しか音楽の授業は受けられません。
たから、全員が音楽の先生に合唱を教わる機会は一度しかありませんでした。
なので、奏翼祭まで一か月を切っても完成度が低い状態でした。

しかし各クラスとも、実行委員を中心に朝練や放課後練など自分たちで練習を重ね、だんだんと奏翼祭に対して本気モードに入っていきました。
でも、男女でケンカになったクラスがあったり、思い通りの合唱ができず行き詰ってしまったり、練習に来る人が少なかったり・・・と問題は絶えませんでした。
しかし、そこで諦めずに、どこのクラスも歌の練習を続けられました。

いよいよ奏翼祭まで一週間を切ったとき、朝の練習を毎日やるクラスなど、奏翼祭に対してクラスのほとんどが意欲的になってきました。
各クラスとも、他のクラスに対抗心を持ち始めていたと思います。歌の練習の時に各クラスから聞こえる歌声はどれも迫力があり、美しいものでした。

そのままさらに対抗心が高まり、そして奏翼祭当日。
その日は登校した瞬間から最後の練習をする歌声が聞こえて、緊張が止まりませんでした。
そして午後からの本番。私のクラスは1年の中で4番目でした。
自分の順番が回ってくるまではあっという間で、舞台に上がった時は心臓の鼓動が激しくなり、体が石のように固くなっていました。
しかし、歌い始めるとクラスが一つになったような気がして、さっきまでの緊張が嘘のように体、はリズムに乗って揺れていました。
惜しくも賞は取れませんでしたが、「このクラスで良かった!」とあらためて実感することができました。

(1年3組 M、Y)

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当日についてのみ特に詳報した投稿もあるので、掲載します。(顧問)

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3月22日に、合唱コンクール「奏翼祭」がありました。
1年生と2年生、合わせて12クラスが競い合いました。

最初は1年生から。
1年の課題曲は校歌でした。校歌は明るい曲なので元気に歌うのがポイントだと思います。どのクラスも明るく元気でとてもよかったと思います。
最初に歌ったのは1組。1組の自由曲は「信じる」です。ハーモニーがきれいで良かったです。
次は4組で、自由曲は「手紙~拝啓十五の君へ~」でした。実際に合唱で聞くことはあまりなかったので、新鮮でとても感動しました。
次の6組は「虹」。ソロがとてもきれいで驚きました。
3組は「明日へ」でした。指揮がすごくてびっくりしました。
2組の「聞こえる」は強弱がしっかりしていてきれいでした。
そして、最後の5組は「奏」。優しい歌声でした。

休憩をはさんで、2年生が歌う番です。
2年の課題曲は「あなたへ~旅立ちに寄せるメッセージ~」。どのクラスもサビの盛り上げがよかったです。
最初に歌ったのは1組でした。自由曲は「ヒカリ」でした。男女の声量のバランスがよく、ハーモニーがきれいでした。
次の3組は「友~旅立ちの時~」です。コーラスがきれいで、女子がきれいでした。
続く6組は「証」でした。中学のころを思い出して感動しました。
その次の5組は「未来」。歌詞を大切にして歌っていて、よかったと思います。
そして2組は「Story」でした。ハーモニーがとてもきれいでした。
最後に4組が「道」を歌いました。個性が出ていてよかったと思います。

演目がすべて終わると、審査員(1・2年の担任や副担任ではない教員数名)が審査に入ります。
その間は、エキシビションの時間。

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まず軽音楽部のバンド「イチノサン。」の演奏(上写真左)。合唱前の緊迫した雰囲気とは打って変わり、とても盛り上がりました。
そして1年で音楽を選択している人の有志が「夢の世界を」と「大切なものに」を、2年の「現代の音楽B」選択者が「COSMOS」を合唱しました(上写真右)。
クラス全部よりもずっと人数が少ないのに、とても声量が出ていて驚きました。

それらが終わると、いよいよ結果発表と表彰。
今年の1年の金賞は6組、銀賞は2組でした。
2年の金賞は2組、銀賞は3組でした。
そして全体を通じた最優秀賞であるグランプリは、2年1組でした。

2年生にとっては、これが最後の奏翼祭でした。
1年生には来年がありますが、クラス替えがあるのでメンバーは違います。
それぞれ、どんな思い出が残ったでしょうか?

(1年 名無し)
行事 | - | -

生徒からの修学旅行記

掲載が遅くなってしまいましたが、参加生徒も修学旅行記を書いています。
2月の速報版とは違う目線から・・・ということで、うち2本をお届けします。(顧問)

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私たち15期生は2月6日~9日、沖縄へ修学旅行に行ってきました!!
この3日間、沖縄は曇り空が多く、思っていた以上に寒くてびっくりしました。

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1日目は、沖縄戦を振り返る平和学習を行いました。
私たちは着くとすぐバスに乗り込み、食事会場に行き昼食をとりました。
昼食は沖縄そばでした。
いつも食べているそばより太く、うどんより細い、独特な麺でとてもおいしかったです。
その後「ひめゆりの塔」「平和の礎」そして「ガマ」と呼ばれる鍾乳洞に入りました。
「ひめゆりの塔」ではその敷地内にある「ひめゆり平和祈念資料館」に入り、そこで私たちは「ひめゆり学徒隊」の悲惨な歴史を知りました。
「平和の礎」では沖縄戦の十数万人に及ぶ犠牲者の名前が1人ずつ刻まれているもので、都道府県別に分けられ、外国の方の名前も刻まれていました。
最後に「ガマ」。沖縄戦で野戦病院になった洞窟です。
洞窟内の床は凹凸が多く地面はぬかるんでいて、当時は明かりがろうそくしかなかったそうです。さらに「麻酔のない中で外科治療を行った」という話を聞いて辛い気持ちになりました。

2日目は、6つの体験グループに分かれて行動。
私のグループはまず、美ら海水族館を観光しました。
美ら海水族館では巨大な水槽があり、そこで見たジンベエザメが一番印象に残っています。

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そのあとは昼食をとり、体験学習を行いました。
私の体験学習は、「魚釣り(護岸釣り)」。
残念ながらこの日は風が強く温度も低かったため、魚が巣から出てこず、私は一匹もつれませんでした・・・・・

そして、あっという間に最終日。
首里城を観光、その後那覇市内へ。
国際通りで食べ歩きをしたり、お土産さんを見たりしました。

沖縄で残酷な戦争があったことを実感できたことが、この修学旅行の一番の思い出です。
でももちろん、目を見張るような自然や文化にも触れることもできて、とても楽しかったです。

(2年 N・T)

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つばさ総合に入学して2年目の冬、修学旅行で沖縄を訪れることになりました。

私は「どうせ沖縄なんて行ったところで・・・」といった思いでいました。
でも、今となっては沖縄に行けてよかったと思います。
これから、私の心境を大きく変えた沖縄修学旅行について、事前のことも含めて振り返ってみようと思います。

沖縄修学旅行についての話は、2学期から始まっていました。
その時の私の心持ちは酷いもので、「修学旅行なんてどうとでもなれ」だなんて考えを持っていたのです。
この時は3日目の行動班を決めて、国際通りでの動きを考えるというものでした。
班の仲間も、「ここに行ってみたい」といった意見を特に出すこともなく、たいした予定を立てることなく時間は経ってしまいます。

旅行の準備もそこそこに3学期を迎えると、クラス内の話題も修学旅行の話が多くなってきました。
私の履修している授業でも沖縄について話して下さる先生が何人かいて、今思えば、事前にためになることを聞くことができていました。

そして、あっという間に一月は終わり、ついに修学旅行を迎えました。
当日の朝は早く、普段よりも二時間は早く起きて家を出ました。
空港に集合してしばらく待ち、私たちはいよいよ飛行機に搭乗。
私は飛行機に乗るのが初めてで、飛行機に関してはとても楽しみにしていました。だからこの時は「飛行機に乗るために沖縄に行くようなものだ」と思っていました。
窓側の席に座ることができなかったので外の景色を見ることはできませんでしたが、モニターなどの映像で今、自分が地上から遥か上空にいるということを実感できました。
離陸の衝撃やスピードはあまり気になりませんでしたが、着陸前に高度を下げたり上げたりを繰り返す時の浮遊感には、とてもドキドキしました。

事前の情報では「沖縄のこの時期は東京と比べてとても暖かく、過ごしやすい気候だ」と聞いていたのですが、実際には冷たい風が肌寒かったです。
飛行機を降りたらそのままバスに乗り換え、昼食をとりました。
昼食は沖縄料理のソーキそば。私の友達は不味かったなどと言っていましたが、私は薄味ながらもしっかりと付けられた味に風味を感じ、とても美味しいと思いました。
昼食を終えるとまたバスへと乗り込み、平和記念資料館に行きました。
平和記念資料館では沖縄線を住民目線でとらえた風景が映し出されていて、その戦争の痛々しさを実感できました。
次にひめゆりの塔へ。まず、慰霊碑に黙祷を捧げました。その後資料館を見学してひめゆり学徒隊と沖縄線についてを学びました。
初日の最後には、「ガマ」の追体験を行いました。
これは、実際に沖縄線で野戦病院に使われていたガマ(洞窟)に入り、戦争の足跡を肌で感じることです。
戦争の足跡の雰囲気にあてられ、空気が重くなっていました。でも、そうあるべきだと思いました。
私たちはバスに乗り込み、今日の宿舎へ向かいました。
バイキング形式の夕食を食べた後に、戦争についてのお話を、実際に沖縄戦を経験した方から聞きます。
授業などで習ったこともありましたが、実際に戦争を経験していなければわからないような生々しい話もたくさん聞くことができました。
空気は重かったけれど中身の濃い、修学旅行の1日目が終わりました。

2日目は、バイキング形式の朝食から始まりました。
朝食後はバスに乗り、結構な距離を移動して美ら海水族館へ。
美ら海水族館では見たこともないような珍しい魚や、危険な海の生物、そして巨大なエイやマンタ、ジンベエザメを見ました。二匹のジンベエザメが大きな水槽の中を悠々と泳いでいるその迫力は、今でも思い出すと鳥肌が立ちます。
美ら海水族館を後にすると、私達は昼食をとるべくフルーツランドへ。フルーツランドとは言いますが、そこでとった昼食はフルーツではなく肉でした・・・落ちはありません(笑)
昼食後は、グループに分かれて体験学習。
シーサー作りやマリンクラフト、ドルフィンガイドツアー、サトウキビ採り、釣りなどがありましたが、私は釣りのグループでした。
結論から言うと、私は一匹も釣ることができませんでした。
言い訳をすると、まず海水の流れが速く、餌をどんなに遠くに投げてもすぐに岸の付近まで戻ってきてしまう。それから岸の周辺にいる小魚は針を無視して、餌のエビだけ突っついて持って行ってしまうのです。
こうなってしまうともうお手上げで、最初にいい位置を取れなかった私は小魚に餌を上げるだけになってしまいました・・・
最初はただ減っていく餌に対する喪失感もありましたが、でも、魚に餌をやっているのだと考えれば存外悪いものでもありませんでした。
釣りの時間が終わってバスで宿舎に帰ると、夕食はバーベキュー!
テーブル内で交代で肉を焼き、どんどん食べました。
焼いても焼いてもおかわりがあり、最後の方にはみんな苦しそうに、でも折角の食べ物を残すまいと箸を口に運んでいました。
その後は布団に横になると、疲れのせいか、私は泥のように眠りました。

そして、3日目の朝食もバイキング!
前夜に肉をたくさん食べていたので、野菜類をできるだけ多く摂取するように心がけます。
朝食が済むと、修学旅行最後の日の旅程が始まりました。
まずは東京へ送る荷物をバスに詰め込み、私たちは首里城へ。
中国の文化を受け継いでいる首里城は、私からすると中国風建築物と和風建築物を足して二で割ったような造りのように感じました。首里城には世界遺産にも登録されている場所があり、そこに注目して城内を廻りました。
首里城を一通り廻った後は、修学旅行最後の目的地・国際通りを訪れました。
時間が少し早かったのですが、まず昼食をとることにしました。
班長が事前に調べていてくれたらしく、タコスの専門店で、タコスやタコライスを食べました。
特性のピリ辛ソースが適度に口を刺激して、とても美味しかったです。
昼食を食べ終えて国際通りを大まかに一周した後、各々気になった場所に行くことになりました。気になっていたお店を廻ってとても充実した時間を過ごすことができました。
この頃には、「沖縄に来られてよかった!」と思うようになっていました。
自由行動の時間が終わって空港に行くと、私はどこか、名残惜しさを感じていました。
最初は「沖縄なんて」と思っていたはずなのに、濃密な三日間を過ごすことで印象が大きく変わっていたのです。
修学旅行とはまた別に、沖縄に訪問してみたいとすら思いました。
そんな心情の変化をよそに帰りの飛行機は飛び立ち、旅に終わりを告げるのでした。

(2年6組 名無し)
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14回目の旅立ち・・・14期生卒業式

時の流れというのは早いもので、季節はもう春です。
春というのは出会いの季節であり、でも同時に別れの季節でもあり・・・・・

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私たちのつばさ総合高校も、3月10日に卒業式を迎えました。
1年生の時は立ち会えませんでしたが、3年生とより多くかかわる機会があった私たち2年生は、3年生を送るために式に臨みました。

このつばさ総合での思い出を噛み締めるかのような、重い声色。
そんな声で呼名に応じている先輩たちが、今でも印象に残っています。
また、前生徒会長の答辞は体育館にいるすべての人の心を打つもので、当の私もとても感動して聞いていました。

旅立っていく卒業生の先輩たちに、この記事を書くことで、あらためてお祝いを伝えたいと思います。
この記事を卒業生が読んでくれて、ささやかですが祝福と感謝を受け取ってもらえていたら幸いです。

私たち後輩を見守り支えてくださった先輩方、本当にありがとうございました。

(2年 広報委員)
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