Tsubasa Life

都立つばさ総合高校の学校生活紹介
~生徒会広報委員が随時更新中~

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生徒からの修学旅行記

掲載が遅くなってしまいましたが、参加生徒も修学旅行記を書いています。
2月の速報版とは違う目線から・・・ということで、うち2本をお届けします。(顧問)

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私たち15期生は2月6日~9日、沖縄へ修学旅行に行ってきました!!
この3日間、沖縄は曇り空が多く、思っていた以上に寒くてびっくりしました。

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1日目は、沖縄戦を振り返る平和学習を行いました。
私たちは着くとすぐバスに乗り込み、食事会場に行き昼食をとりました。
昼食は沖縄そばでした。
いつも食べているそばより太く、うどんより細い、独特な麺でとてもおいしかったです。
その後「ひめゆりの塔」「平和の礎」そして「ガマ」と呼ばれる鍾乳洞に入りました。
「ひめゆりの塔」ではその敷地内にある「ひめゆり平和祈念資料館」に入り、そこで私たちは「ひめゆり学徒隊」の悲惨な歴史を知りました。
「平和の礎」では沖縄戦の十数万人に及ぶ犠牲者の名前が1人ずつ刻まれているもので、都道府県別に分けられ、外国の方の名前も刻まれていました。
最後に「ガマ」。沖縄戦で野戦病院になった洞窟です。
洞窟内の床は凹凸が多く地面はぬかるんでいて、当時は明かりがろうそくしかなかったそうです。さらに「麻酔のない中で外科治療を行った」という話を聞いて辛い気持ちになりました。

2日目は、6つの体験グループに分かれて行動。
私のグループはまず、美ら海水族館を観光しました。
美ら海水族館では巨大な水槽があり、そこで見たジンベエザメが一番印象に残っています。

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そのあとは昼食をとり、体験学習を行いました。
私の体験学習は、「魚釣り(護岸釣り)」。
残念ながらこの日は風が強く温度も低かったため、魚が巣から出てこず、私は一匹もつれませんでした・・・・・

そして、あっという間に最終日。
首里城を観光、その後那覇市内へ。
国際通りで食べ歩きをしたり、お土産さんを見たりしました。

沖縄で残酷な戦争があったことを実感できたことが、この修学旅行の一番の思い出です。
でももちろん、目を見張るような自然や文化にも触れることもできて、とても楽しかったです。

(2年 N・T)

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つばさ総合に入学して2年目の冬、修学旅行で沖縄を訪れることになりました。

私は「どうせ沖縄なんて行ったところで・・・」といった思いでいました。
でも、今となっては沖縄に行けてよかったと思います。
これから、私の心境を大きく変えた沖縄修学旅行について、事前のことも含めて振り返ってみようと思います。

沖縄修学旅行についての話は、2学期から始まっていました。
その時の私の心持ちは酷いもので、「修学旅行なんてどうとでもなれ」だなんて考えを持っていたのです。
この時は3日目の行動班を決めて、国際通りでの動きを考えるというものでした。
班の仲間も、「ここに行ってみたい」といった意見を特に出すこともなく、たいした予定を立てることなく時間は経ってしまいます。

旅行の準備もそこそこに3学期を迎えると、クラス内の話題も修学旅行の話が多くなってきました。
私の履修している授業でも沖縄について話して下さる先生が何人かいて、今思えば、事前にためになることを聞くことができていました。

そして、あっという間に一月は終わり、ついに修学旅行を迎えました。
当日の朝は早く、普段よりも二時間は早く起きて家を出ました。
空港に集合してしばらく待ち、私たちはいよいよ飛行機に搭乗。
私は飛行機に乗るのが初めてで、飛行機に関してはとても楽しみにしていました。だからこの時は「飛行機に乗るために沖縄に行くようなものだ」と思っていました。
窓側の席に座ることができなかったので外の景色を見ることはできませんでしたが、モニターなどの映像で今、自分が地上から遥か上空にいるということを実感できました。
離陸の衝撃やスピードはあまり気になりませんでしたが、着陸前に高度を下げたり上げたりを繰り返す時の浮遊感には、とてもドキドキしました。

事前の情報では「沖縄のこの時期は東京と比べてとても暖かく、過ごしやすい気候だ」と聞いていたのですが、実際には冷たい風が肌寒かったです。
飛行機を降りたらそのままバスに乗り換え、昼食をとりました。
昼食は沖縄料理のソーキそば。私の友達は不味かったなどと言っていましたが、私は薄味ながらもしっかりと付けられた味に風味を感じ、とても美味しいと思いました。
昼食を終えるとまたバスへと乗り込み、平和記念資料館に行きました。
平和記念資料館では沖縄線を住民目線でとらえた風景が映し出されていて、その戦争の痛々しさを実感できました。
次にひめゆりの塔へ。まず、慰霊碑に黙祷を捧げました。その後資料館を見学してひめゆり学徒隊と沖縄線についてを学びました。
初日の最後には、「ガマ」の追体験を行いました。
これは、実際に沖縄線で野戦病院に使われていたガマ(洞窟)に入り、戦争の足跡を肌で感じることです。
戦争の足跡の雰囲気にあてられ、空気が重くなっていました。でも、そうあるべきだと思いました。
私たちはバスに乗り込み、今日の宿舎へ向かいました。
バイキング形式の夕食を食べた後に、戦争についてのお話を、実際に沖縄戦を経験した方から聞きます。
授業などで習ったこともありましたが、実際に戦争を経験していなければわからないような生々しい話もたくさん聞くことができました。
空気は重かったけれど中身の濃い、修学旅行の1日目が終わりました。

2日目は、バイキング形式の朝食から始まりました。
朝食後はバスに乗り、結構な距離を移動して美ら海水族館へ。
美ら海水族館では見たこともないような珍しい魚や、危険な海の生物、そして巨大なエイやマンタ、ジンベエザメを見ました。二匹のジンベエザメが大きな水槽の中を悠々と泳いでいるその迫力は、今でも思い出すと鳥肌が立ちます。
美ら海水族館を後にすると、私達は昼食をとるべくフルーツランドへ。フルーツランドとは言いますが、そこでとった昼食はフルーツではなく肉でした・・・落ちはありません(笑)
昼食後は、グループに分かれて体験学習。
シーサー作りやマリンクラフト、ドルフィンガイドツアー、サトウキビ採り、釣りなどがありましたが、私は釣りのグループでした。
結論から言うと、私は一匹も釣ることができませんでした。
言い訳をすると、まず海水の流れが速く、餌をどんなに遠くに投げてもすぐに岸の付近まで戻ってきてしまう。それから岸の周辺にいる小魚は針を無視して、餌のエビだけ突っついて持って行ってしまうのです。
こうなってしまうともうお手上げで、最初にいい位置を取れなかった私は小魚に餌を上げるだけになってしまいました・・・
最初はただ減っていく餌に対する喪失感もありましたが、でも、魚に餌をやっているのだと考えれば存外悪いものでもありませんでした。
釣りの時間が終わってバスで宿舎に帰ると、夕食はバーベキュー!
テーブル内で交代で肉を焼き、どんどん食べました。
焼いても焼いてもおかわりがあり、最後の方にはみんな苦しそうに、でも折角の食べ物を残すまいと箸を口に運んでいました。
その後は布団に横になると、疲れのせいか、私は泥のように眠りました。

そして、3日目の朝食もバイキング!
前夜に肉をたくさん食べていたので、野菜類をできるだけ多く摂取するように心がけます。
朝食が済むと、修学旅行最後の日の旅程が始まりました。
まずは東京へ送る荷物をバスに詰め込み、私たちは首里城へ。
中国の文化を受け継いでいる首里城は、私からすると中国風建築物と和風建築物を足して二で割ったような造りのように感じました。首里城には世界遺産にも登録されている場所があり、そこに注目して城内を廻りました。
首里城を一通り廻った後は、修学旅行最後の目的地・国際通りを訪れました。
時間が少し早かったのですが、まず昼食をとることにしました。
班長が事前に調べていてくれたらしく、タコスの専門店で、タコスやタコライスを食べました。
特性のピリ辛ソースが適度に口を刺激して、とても美味しかったです。
昼食を食べ終えて国際通りを大まかに一周した後、各々気になった場所に行くことになりました。気になっていたお店を廻ってとても充実した時間を過ごすことができました。
この頃には、「沖縄に来られてよかった!」と思うようになっていました。
自由行動の時間が終わって空港に行くと、私はどこか、名残惜しさを感じていました。
最初は「沖縄なんて」と思っていたはずなのに、濃密な三日間を過ごすことで印象が大きく変わっていたのです。
修学旅行とはまた別に、沖縄に訪問してみたいとすら思いました。
そんな心情の変化をよそに帰りの飛行機は飛び立ち、旅に終わりを告げるのでした。

(2年6組 名無し)
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